警備会社へ転職!苦節10年! 開業して、求人広告出しました!!
- sinsirokeibi
- 1月23日
- 読了時間: 5分

つらい思い
折り込み広告です。私は人間関係では、そんなに悩むことはありませんでした。今思えば、小学校2年生で伝染病にかかり入院。退院して、学校に通い始めて、その事実をある女の子に吹聴されました。伝染病のため保健所が来て付近の家を含めて一斉消毒。それで伝わったのでしょうね。
「私に近づくと病気がうつる」言われ、クラス全員から敬遠されました。誰も相手されず、近づくとみんな私から逃げていきます。担任も気づきません。孤独の小学生活でした。高学年になるにつれ少しづつ相手されるようになりました。「女の子には嫌われている」という意識が根付き、そのトラウマは未だに完璧には消えません。
それで誰も相手されない孤独生活に慣れ人の言動にいちいち付き合わなくなりました。
人から厳しくされてもそれほどダメージなく生活できるようになりました。
半面、誰かがいじめられていると放っておけず、かばって、いじめ相手に向かったものでした。弱い者いじめに我慢できない人間になっていました。
信じられない態度で怒鳴られました
警備会社に入って間もない頃です。先輩に怒鳴られました。
「何やっているんだ。邪魔だから、あっちへ行け。あそこで立っていろ。」大きな声です。
早速、言われた場所で立っていました。「立っているだけでお金もらえるなんていい仕事だなぁ。先輩も一人で頑張って私の分も働いてくれるなんて。」...心でニヤニヤしている自分でした。普通は50歳近くになってあんな言われ方されればプライドも傷つき、怒鳴られて怖いと思う人が大半でしょう。ですが、私は彼に対して心は別世界にいました。だからさして傷つきません。
ところが、突然、「こっちに来い」と言われて、現場に戻されました。言葉遣いも悪く、勤務した警備会社は大手企業でしたが、やりとりは疑問のある情けない社員だったといえます。当時、警備業には全く無知でした。だから、このようなことがあっても、こんなものだと思い、さして気にしません。今思えば、理不尽だらけです。
高度な誘導技術とはマインドセット
「高度な交通誘導技術」と私は打ち出しています。本音で、「技術は一番上手」という思い上がりはありません。いろいろな警備会社に勤めました。常に、その会社で「一番うまい人は誰?」と皆に問いかけます。その人に教えてもらいたいからです。もっとうまくなりたいからです。交通誘導初めてこの気持ちが萎えたことは一度もありません。
初めての誘導...大失敗しました!
警備業勤務の最初の出だしはひどいの一言です。誰も誘導の仕方を教えてくれず、何も分からず現場に立たされました。二人でしたが、相方も新人中年女性。「トイレに行く」といってどこかに行ってしまいました。通行止めの現場で、すこしして大型トラック侵入。何をしてよいか分からず呆然として立っていました。通行止めという意識すらありません。侵入した大型は通行できないと知り、バックすることに。「通れないなら通れないと言ってくれや。」怒鳴り飛ばされるかと思いきや。以外と紳士的。「バックするから後ろ見てや。」と言われ自分の為すべき事がわかり、バック誘導を。自分の役割を知り、初めて仕事ができて大変な喜びです。最初、何もできなかった自分が初めて仕事できたのです。私の存在意義がこのように自覚できてほっとしたことを、未だに覚えています。
大失敗の後、頑張りました
現場での誘導のやり方は会社からは一切教えてくれません。その後、「方交が一番上手」と言われた人と一緒になりました。「先輩、方交が分かりません。教えて下さい。」懇願しました。コーヒー買ったりして先輩に気に入られるようして教えてもらうことに。片側交互のやり方を覚えなければダメだという切迫してた思いです。必死でした。その割に、方交の覚えは悪く、理解するのに一ヶ月以上かかった記憶があります。ここが私の交通誘導の原点です。一番上手な人に教えてもらう。
一流の誘導技術とは、かけた思いと時間そして覚悟
その後、10年間、うまくなるために、毎日相方と反省会。1時間2時間と気がつけば5時間近く討論していたこともあります。現場は最低でも1時間前に到着、3時間前に到着することも。現場の交通の状況をずっーと観察して、交通の流れを変化を頭にたたき込みます。
いつも「うまくなろう」とそればかり。気がつけば、そんな生き方私達だけ。
そうです、考えてみれば、この世界に入ってきた人は、向上心のかけらもない、この仕事に対するプライドもない...人ばかりのようです。そりゃあ競争しようとする人が皆無の世界で、競争すればたやすくトップになれるのはあたりまえ...と気づくのでした。
次の人に伝えたい
「誘導技術が一番」...といろいろなところで言っています。その意味は技術そのものではありません。誘導技術向上に対する思い、時間をさして、「一番」と言っています。
歯医者にも行かず、病院も多少の痛みでは行かず、遊ぶことも控え...時間を惜しんでやってきました。何故できたのか、よく分かりません。気がつけばやっていただけです。現場の方々から評価され、ありがたいと思いながらも、少しでも役立ちたいと思ってやってきただけです。勤務している同僚で困っている人、悩んでいる人と一緒になったとき、話を聞き、少しでも手助けしようとしていました。そのような時間が10年流れただけのような気がします。
今の願いは、続く人の出現です。警備業界のため、これからの日本のため、一人でも多くの人が、私以上の働きをして欲しいと願うばかりです。それらの人達に今後を託したいと願って、今日は終わりにします。
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